地熱情報研究所

地熱情報研究所の立ち上げにあたって
地熱から少し離れて
最近の日本の地震活動 最近の日本の火山活動

地熱エネルギーとは

以下では、地熱に関する基礎的な事項の説明をします。はじめに、全体の内容を示します。初めから読むと体系的に地熱に関する理解をすることができますが、章ごと、節ごとあるいは必要な項目を拾い読みすることもできます。

1.地熱エネルギーとは

2.地球の中での熱の流れのしくみ

3.地熱の利用I 地熱発電

4.地熱の利用II地熱直接利用

1.地熱エネルギーとは?

地球内部の温度分布の概要

実は、地球の中はとても熱く、たくさんの熱が蓄えられています。この地球内部の熱のうち、浅いところ(ふつう、地表から数km以内)にあり、人間が利用できる熱エネルギーを地熱エネルギーと呼びます。この浅いところにある熱エネルギーだけでも、利用し尽くせないほどの極めて膨大な量があります。地球の中心(深さ6370km)では約6000℃と推定されており、全く偶然ですが、太陽の表面温度とほぼ同じです。また地球の体積の99%は1000℃以上であり、100℃以下の部分は0.1%以下です。地球は巨大な熱の塊とも言えます(図1.1)。地球の内部が高温で、地球の表面は約10℃程度の低温ですので、地球内部からは常に自然に熱が流れ出しています。しかし、この調子で熱が地球から外に流れ出ても、地球が冷え切るまでには数10億年かかります。したがって、地球の中には無尽蔵とも言える熱エネルギーが貯えられていることがわかります。 地球内部温度
図1.1 地球内部の温度分布。場所によって異なりますが、30km~200kmでおおよそ 1000℃、370km~450kmで1400℃、500km~550kmで1500℃、2900kmで4500℃、6370km(地球の中心部)で6000℃程度と推定されています。地表から数10kmまでを地殻、地殻底から深さ2900kmまでをマントル、それ以深を核(コア)と呼びます。核は外核と内核に分かれ、その境界はおおよそ深さ5000kmです。外核は液体と推定され、内核は固体と推定されています。地殻およびマントルは岩石からなっていると考えられていますが、核は主成分が鉄で、それにやや軽い、ケイ素、ニッケル、硫黄などが含まれていると言われています。原図は東北地熱資源開発促進連絡協議会パンフレットによる。

利用可能な熱エネルギー

現在の地球の熱利用技術では、残念ながら、深さ何千kmという超深部の高温の熱は利用できません。現在は、降った雨が地下深部(地下数km深程度)にしみ込み、地球内部にある高温の岩石で温められ、軽くなって上昇し(温められた水を熱水と言います)、比較的浅いところ(深さ1~3km程度)に溜まった場所(地熱貯留層と呼びます)にボーリングして、蒸気あるいは熱水を取り出すことによって、利用しているのです。なお、この熱水が自然に地表にまで出てきているのがほんとうの意味での温泉です。現在では、掘削によって、人工的に汲み上げられている温泉も少なくありません。

地熱貯留層の形成

さて、火山の近くでは、都会のような普通のところに比べ、浅いところで高温になっています。火山の深いところ(地下数~10数km程度)には、高温のマグマ(溶けた岩石)が存在するからです。したがって、マグマより浅いところに地熱貯留層ができることになります。なお、マグマが溶けていなくても、まだ高温であれば(たとえば300℃以上)、比較的浅いところに地熱貯留層を作ることが可能です。図1.2には、マグマ溜りによって温められた地熱貯留層(天然のボイラー)に掘削された生産井(せいさんせい)・還元井(かんげんせい)および地上の地熱発電設備が示されています。なお、将来的には、雨水が滲み込まない地下深部、あるいはマグマまでボーリンク坑を掘削し、地上から水を人工的に注入し、熱を取り出すことも考えられています。また、水を使わなくても、地上と深部との大きな温度差を利用して、直接熱を取り出すことも考えられています。

110511安達地熱発電のしくみ図
図1.2 マグマだまりによって温められた地熱貯留層とそこに掘削された生産井および還元井、さらには地上の主な地熱発電設備(セパレータ、タービン、発電機、コンデンサー(凝縮器)、冷却塔(日本地熱開発企業協議会、2011)。詳しくは3 章を見てください。

2.地球の中での熱の流れのしくみ

 さて、以下では、地球内部の熱的状態、地下で地熱エネルギーを貯える場所としての地熱貯留層のでき方、そして、地熱貯留層内に貯えられている地熱資源量の推定の仕方について、紹介することにしましょう。
2.1地球の熱

地球内部の温度と世界最深のボーリング坑・世界最高温度のボーリング坑

火山のない普通の土地では、地下深部に行くと、温度は100mにつき3℃程度上昇します。したがって、地殻の底である30km程度になると数100℃の高温になります。しかしながら、このような深さの熱を取り出す技術をわれわれは現在持っていません。現時点における世界で最も深いボーリング坑は旧ソ連の北極海沿岸コラ半島で掘削されたもので、12000mを超えています。ただし、そこでは、温度は坑底でも300℃を超えてはいません。しかし、30kmまで掘削するのはなかなか困難です。一方、ボーリング掘削による世界最高温度は岩手県葛根田地熱地域で掘削されたボーリング坑の坑底(3729m深)で約510℃という温度が得られています。このような高温を深部で測定する温度計がなく、坑底に設置した硬貨のような合金の融解状態から推定したものです。

マグマ溜りと火山の噴火

しかし、火山地域ではもっと浅いところで高温に到達できます。火山の下にはマグマ溜りといって、高温の溶けた岩石の塊が存在しています。何らかの理由で、マグマが地上に噴出すれば噴火となります。しかし、噴火は普通何百年あるいは何千年、さらには数km3を超える大規模な火砕流を噴出するような大規模火砕流噴火(高温のマグマの破片や火山灰と火山ガスの混合したものを噴出する噴火、たとえば、紀元79年、イタリアのベスビアス火山が、古代都市ポンペイを火砕流で埋め尽くしたような噴火)は数万年に1回と希な現象です。たとえば、大分県にある九重火山では、約5万年に一度大規模な火砕流噴火が生じ、約1500年に一回溶岩ドームを形成する噴火を起し、約100年に1回、マグマは噴出しない水蒸気爆発を繰り返しています。すなわち、マグマはその寿命の中で、ほとんどは地下深いところで静かに留まっており、周辺地域特に温度の低い、より浅部に熱を放出し、マグマは次第に冷えて行きます。

マグマから上昇する熱

すなわち、マグマ自身は冷えて行きますが、周辺の岩石を温めるのです。したがって、マグマの上部は広範囲に高温地域になります。実際、上述の九重火山周辺では、地殻上部が大規模に高温化していることが、地殻熱流量の測定から知られています。なお、地殻熱流量とは地球内部から熱伝導によって地表に向かって流れる熱で、地表近くの地温勾配(地下深くなるにつれて温度が上昇する割合。たとえば、3℃/100m)と地層の熱伝導率を測定し、それらを掛け算することで求められます。地殻上部の熱伝導率は2W/mK程度です。
したがって、普通の地域の地温勾配は3℃/100m程度ですので、地殻熱流量は(2W/mK)x(3℃/100m)=60mW(ミリワット)/m2(平方メートル)ですが、火山地域では地温勾配が10℃/100mにもなるので、地殻熱流量は200mW/m2にもなり、火山地域は高熱流量地域になっています。

熱水系の形成

マグマから、特別に熱が上昇する一方、地表からは雨水が地殻中の割れ目を通って、地下深く数km深までしみ込んで行きます。はじめは気温と同じであった水は岩石によって次第に温められます。温められると水は膨張し軽くなります。軽くなると温められた水は浮力によって上昇しようとします。しかし、水には粘性があります。軽くなった水は上昇しようとしてもすぐには上昇できません。しかし、さらに加熱され続けると、浮力が粘性抵抗力に打ち勝って地殻内を上昇し始めます。熱水の対流系、すなわち熱水系のはじまりです。
2.2熱水系と地熱発電所

熱水系と地熱系

熱水系とは地下における水の流れによる熱の効果的な輸送システムのことです(なお、熱水が関与しない地下の熱の流れのシステムも存在するため、地下の熱の流れのシステムに関する、より広い概念として地熱系という表現も使われます。)。なお、マグマ中に含まれる水によるマグマ上方への熱輸送も熱水系の1つですが、むしろ特殊なケースです。一般的な熱水系とは上で述べたようなものです。すなわち、雨水が地下の地層の隙間や割れ目中を浸透し、その途中でマグマの熱によって温められて、浮力を獲得して上昇し、地下深部の熱をより浅部に効果的に輸送するシステムが形成されるのです。熱源(マグマ)、関与する水の起源、水の状態(気体か液体か)等の違いによって、自然界には多様な熱水系が存在します。

熱水卓越型地熱系

熱水系の代表的なものに熱水卓越型地熱系と蒸気卓越型地熱系があります。これらはいずれも現在地熱発電として利用されている熱水系(地熱系)です。ここではこの2つについて説明することにしましょう。熱水卓越型地熱系とは、地下における水の主体が液体であるようなものです。あるいは地下における流体の圧力が液体に支配されているような熱水系です。この場合、液体の水にかかる圧力は深さに比例して増えて行きます。この熱水卓越型地熱系では、地下深部に浸透した雨水は、マグマから放出される伝導的な熱に加熱され、浮力を獲得し、上昇し、多くの場合、断層のように比較的薄い透水性の大きい地層(地熱貯留層)内に貯えられます。そして、普通、この地熱貯留層上部には水を通しにくい、キャップロック(帽岩)と言われる地層が存在しています。泥岩のようにもともと透水性が低い地層の場合もありますが、加熱されて上昇した熱水の温度が低下することによって、熱水中に溶かし出されていた岩石の微小な粉末が流体中から析出・沈積し、地層中の隙間や割れ目を充填し、不透水性の地層(キャップロック)を構成することがしばしば見られます。このように自ら岩石の空隙や割れ目を塞ぐことから、このような作用を自己閉塞作用(セルフ シーリング)と呼びます。自然はとてもうまくできています。

キャップロックと熱水の流れ

上述したキャップロックは、地熱貯留層内の高温流体の上部への流出を防ぐとともに、浅部からの冷地下水の流入を防ぐことによって、地熱貯留層の温度を高温に維持する働きもあります。地熱貯留層の上部に完全なキャップロックが発達していると、地熱貯留層の流体は外部(浅部)に漏れることがないので、地上には何の地熱徴候がないことになりますが、多くの場合、キャップロックは不完全なことが多く、地熱貯留層の流体の一部が漏れ出し、地表で温泉や噴気として観察されます。また、地表が現在高温ではなくても、過去に地熱流体の流出があれば、地層が熱水によって化学的に変質した「熱水変質帯」が見られることもあります。熱水系の形成には一般に数万年以上は必要と考えられていますので、地表の変質帯は低温であっても、地下では地熱発電を行えるような高温の地熱流体が存在している可能性が十分あり、熱水変質帯の存在は地熱貯留層を発見するための1つの指標にもなっています。このような熱水卓越型地熱系は火山地域に存在する熱水系の代表的なものであるとともに、実は、火山地域に存在する熱水系のほとんどはこれに属するといってもよいのです。

蒸気卓越型地熱系

それでは、もう一方の蒸気卓越型地熱系とはどんなものでしょうか。熱源はやはり火山のマグマです。しかしながら、マグマの熱に温められた地熱流体は液体が主体ではなく、気体すなわち水蒸気が主体です。したがって、地下の地熱流体の圧力は水蒸気に支配され、地熱貯留層中の圧力はほぼ一定です。深さとともに圧力が増加する熱水卓越型地熱系との大きな違いです。これらの違いは地熱貯留層の圧力を測ると一目瞭然です。この蒸気卓越型地熱系の地熱貯留層にボーリングをすると、ボーリング坑中を上昇する気液2相流体は次第に気相(気体と同じ意味です)が多くなり、地上ではほとんど気相すなわち水蒸気だけになります。この場合、熱水卓越型の場合のようにセパレータで熱水と蒸気を分離する必要がなく、したがって、還元井も必要ないため、発電設備は簡単になり、経済性もよいことになります。地熱開発の初期には、各国で蒸気卓越型地熱系に地熱発電所が作られた一因になっています。

熱水卓越型地熱系における発電

実は、地熱開発の初期には、気液2相の地熱流体では地熱発電ができないと考えられていたのです。しかし、やがて、セパレータにより気液分離することにより、分離された蒸気のみを使って地熱発電を行うことが可能であることがニュージーランドのワイラケイ地熱発電所で実証され、その後、世界で熱水卓越型地熱地域に地熱発電所が作られるようになったのです。わが国でも、1950年代、大分県の大岳地熱地域で地熱発電の調査研究が行なわれましたが、得られた地熱流体が気液2相であったため、一時調査研究が中断されるという事態がありました。しかし、ワイラケイでの地熱発電成功のニュースが報ぜられると、調査研究が再開され、1967年わが国最初の熱水卓越型地熱発電所が運転を開始したのです。なお、わが国最初の蒸気卓越型地熱発電所はその前年1966年に岩手県松川地熱発電所で運転を開始しました。

熱水卓越型地熱系と蒸気卓越型地熱系における発電所の歴史

松川地熱発電所運転開始後、わが国では大岳地熱発電所を含め17ヵ所の地熱発電所が建設されましたがいずれも熱水卓越型地熱発電所でした。世界の地熱発電所も、イタリア・ラルデレロ、アメリカ・ガイザーズ、インドネシア・カモジャンといずれも各国で最初に建設されたのは蒸気卓越型地熱発電所ですが、その後建設された地熱発電所はほとんど熱水卓越型です。このように蒸気卓越型地熱系はその存在がかなり希なものと言えます。

蒸気卓越型地熱形成の条件

蒸気卓越型の地熱発電所が少ないことは、蒸気卓越型地熱系の形成は特殊な条件が必要なことを示しています。それは、地下から供給される熱量に比べ、周囲からの水の補給が相対的に少ないという条件が必要です。気液2相の地熱貯留層が形成されるためには、供給される水よりも、相対的に熱の効果が強いことが必要なのです。そのためには、地熱貯留層へ地表水が供給されにくい構造、すなわち、その上方にあるキャップロックの存在だけでなく、周辺(横方向)からの雨水の補給がされにくい構造が必要です。

蒸気卓越型地熱系の特性

上述したような構造は、地震活動をはじめとして地殻活動が活発な火山地域では、多くの場合満たされ難く、蒸気卓越型地熱系は自然界には希な存在ということになります。地熱発電という立場からすると、蒸気卓越型地熱系は経済性に優れていると言えますが、還元水がなく、また、もともと雨水の供給が少ない性質であるので、発電規模によっては、生産蒸気量が次第に減少し、また、水蒸気が過熱蒸気化するなど地熱発電を安定に維持していく上で、好ましくない状況が生じる可能性があります。

蒸気卓越型地熱系と持続可能な発電

実際、ガイザーズ、ラルデレロ、カモジャンいずれの地熱発電所でも生産蒸気量の減少に悩まされ、より深部への水の注入、処理した廃水の注入、あるいは河川水の注入等が実施されています。松川地熱発電所でも注水が試みられましたが十分な効果は出ていません。松川地熱発電所では、生産される蒸気がやや過熱化(飽和蒸気に比べ、同じ圧力でも温度が高くなっている)の傾向はありますが、これまでのところ発電上の大きな障害にはなっていません。しかし、いずれにしても、蒸気卓越型地熱発電所の場合、生産される蒸気量によりますが、長期間安定した発電を維持する場合、新たに手当てされた水の注入を考慮していく必要があると考えられます。

その他の地熱系

なお、熱水系にはマグマなどの特別な熱源がなく、地温勾配による温度上昇によって加熱された雨水が、地下深部にまで到達している断層などの大きな割れ目に沿って上昇してくる、あまり高温ではない「天水深部循環型地熱系」や、関与する水が雨水よりもマグマから来る水の方がはるかに多い、高温の「マグマ型高温地熱系」もあります。非火山地域の大部分の温泉は「天水深部循環型地熱系」に入ります。火山が近くにないのに温泉がある場合がよくありますが、ほとんどは、この「天水深部循環型地熱系」とみてよいでしょう。また、「マグマ型高温地熱系」は活火山の中心部に見られる特徴的な地熱系です。日本では大分県にある九重火山の中心部にある九重硫黄山地域(図2.1)で見られます。

uvs101001-003

図2.1 マグマ型高温地熱系の例(大分県九重火山にある九重硫黄山地域)
2.3熱水系の探査とモデル化
さて、地熱発電を行うためには、地熱貯留層にどのくらい熱が蓄えられているか、また、深部からどのくらい熱が供給されているかを知らなければなりません。そのためには、地下における熱と水の流れの有様すなわち、熱水系の解明が必要です。熱水系の解明のためには、地下構造がどのようになっており、熱源としてのマグマはどこに想定されるのか、雨水がどこから地下に浸透し、マグマからの熱によって温められ、そして移動し、どこに貯えられているかを知らなければなりません。

地熱徴候と地熱探査

そのためにはどのようにしたらよいでしょうか?まず、地表のどこに地熱徴候があるかを調べることからはじめます。地熱徴候とは地熱活動に伴って地表に生じる諸々の現象のことです。まずは、どこに温泉や噴気が見られるかです。また、今は高温でなくても、過去の温泉や噴気の活動によって、地層が化学的に変化したもの、すなわち熱水変質帯の分布などを調べます。火山や温泉に行くと、地表が白っぽく変わっているのをご覧になったことがあると思います。白色の変質は主として、酸性の熱水(温泉水)と岩石が反応した結果です。一方、緑色の変質が見られる場合がありますが、アルカリ性の水との反応があったことを示します。地表地熱徴候が見られる地域では、地下の様子を調べるために地熱探査が行なわれます。主に3つの方法があり、地質学的探査法、地球化学的探査法、そして、地球物理学的探査法と呼ばれます。

地質学的探査法

地質学的探査法では、地表踏査を行い、地質図を作ります。そして、地層のくいちがいを示す断層の分布に特に注意を払います。断層は、一般に透水性がよく、地下水あるいは熱水の通り道となるからです。ただし、地表で見える断層が必ずしも深部までつながっていない場合もありますが、深部の断層も地表で見えるものと同じ様な性質(方向や成因等)を示すことが多く、十分参考になります。断層の中には、逆に透水性が周囲の地層よりも小さいものもあり、注意が必要です。さらに、火山岩の年代が測定されます。その地域に過去に火山活動があってもあまり古いものでは、地下の熱源(マグマ)はとっくに冷えてしまっている可能性があります。これまでの経験から、一番最近の火山活動(マグマの噴出)が今から100万年前より若い場合は、地熱発電を行えるような高温の地熱貯留層があることがわかっています。

地球化学的探査法

地質学的探査の次は地球化学的探査です。地熱地域からは温泉や噴気が出てきますが、いろいろな化学成分を含んでいます。ボーリンク坑からも熱水や噴気が出てきます。これらの温泉や噴気の化学成分を分析することからはじめられます。みなさんが温泉地に行ったとき、湯船に入る前に、温泉分析表が入り口の壁に貼ってあることに気がついたことがあると思います。Na+、Ca2+、Mg2+などの陽イオンあるいはCl-、SO4-2、CO3-などの陰イオンの含有量の一覧表が示されています。放射性であるラドンの含有量が示されている場合もあります。これらの化学成分は、マグマからもたらされたものや、地下水が高温の岩石と反応して、岩石から溶かしだされたものです。これらの化学成分の組み合わせから、温泉水や噴気が、地下深部からもたらされた起源水的なものか、あるいは、それが分化したものとか、あるいは、ある温泉水と別の温泉水が混合したものであるとか、温泉水あるいは噴気の親戚関係が明らかにされます。すなわち、化学成分の観点から熱水系が明らかにされます。

地球化学温度計

さらに、温泉水や噴気それぞれの化学成分比、たとえば、NaとCaの比、あるいは、SO2やH2Sの比といったようなものから地下での温度が推定されます。岩石と熱水が反応する場合、主として温度によって、岩石から熱水中に溶け出すイオンには一定の比が決まっています。したがって、地下にあった熱水は地上に出てくるとき温度が下がっても、異なる化学成分の水と混合しなければ、イオンの比は一定に保たれます。すなわち、地上で化学成分比(イオン比)がわかれば、地下にあったときの温度(地熱貯留層の温度)が推定できるのです。ですから、たとえば、地表で温泉の温度が50℃であっても、地下深部の貯留層にあったときの温度が200℃であったということがわかるのです。噴気(火山ガスを含む)も、地下の貯留層(熱水だけの場合、熱水と水蒸気を含む場合、水蒸気を含むガスだけの場合があります)での温度によって、一定の化学成分比が決まります。したがって、ガスが上昇の過程で他のガスと混合しなければ、地表における化学分析結果にしたがって、地下にあったときの温度が推定されるのです。このように、ボーリング坑を掘らなくても地表で得られた試料から地下の温度が推定することができるので、とても有効な方法です。

土壌ガスの地球化学的探査

また、地球化学的探査ではこんな方法もあります。地下数10cm程度の深さに穴を開け、土壌空気中の水銀ガスあるいは炭酸ガスの濃度を測ります。水銀ガスは地熱貯留層に含まれ、また揮発性がとても強いガスです。したがって、地熱貯留層から水銀ガスが上昇してきます。地上に地熱徴候が見当たらない地域でも、水銀ガスの土壌中での分布を明らかにすることによって、地熱貯留層の場所を特定することができる場合があります。炭酸ガスは火山性起源と植物の根呼吸などによる植物性起源の2つがあり、それを識別したあとで、火山性起源の炭酸ガスの分布を明らかにすることで、地熱貯留層の場所を推定することができる場合があります。近年、イタリア南部の地熱貯留層探査で非常によい結果が得られ、改めて注目されています。この炭酸ガスによる探査法は安価で簡便で、今後、多く適用される可能性がある、古くて新しい地熱探査法です。

地球物理学的探査法とそのねらい

さて、地質学的探査法および地球化学的探査法は地表探査とも表現されますが、地球物理学的探査法は地下深部の構造を明らかにする手法です。地下に電気を流したり(電気探査と言います)、人工的に地震波を発生させて(地震探査と言います)、地下の応答を調べます。地下に電気を流して、地表のいろいろのところで、それによって作られた電圧(地電位と言います)を測ります。より遠く離れた地点での測定値ほど、より深部の情報を含んでいます。観測された電位を深部の原因のものと浅部の原因のものに分離することによって、地下の各深度における電気の流れ易さ(電気伝導度と言います。これの逆数が比抵抗で、地熱探査では、この方がよく使われます。この場合、電気の流れにくさを示していると言ってよいでしょう)を明らかにすることができます。地熱貯留層は周囲の地層に比べ高温で、割れ目が多く、熱水を含み、かつその熱水は多くの化学成分を含みます。それらはいずれも比抵抗を小さくさせます。このようなことから、地熱探査では低抵抗ゾーンを探すことが重要になります。もちろん、低比抵抗=地熱貯留層というわけではなく、岩石の粘土化が進むと低比抵抗になりますが、粘土はあまり水(熱水)を含まず、地熱貯留層とは言えない場合がよくあります。このあたりにも地熱探査の難しさがあります。

各種の地球物理学的探査法

電気探査では人工的に電流を流すので、電流が到達する深度に限界があります。そこで、より強力な自然界の電磁場の変化によって地表に誘起された電位変化やさらにそれに誘導される磁場変化を測定し、それを解析してより深部の地下の比抵抗分布を明らかにする探査法(MT法と呼ばれます)もあります。地球物理学的探査法としては、これら以外にも、重力探査法や磁気探査法なども適用されますが、地熱貯留層の存在は比抵抗値と密接に関係しているので、電磁気的な手法は地熱探査では必ずと言ってもよいほど使われます。ただし、上述したように、低比抵抗であっても必ずしも、地熱貯留層でない場合もあり、解釈には注意を要します。自然は、人間に、いろいろな情報を与えてくれるのですが、決して、一筋縄ではいかないのです。人間と自然の対決と言ってよいかも知れません。ここに地下資源探査のリスクがあります。そのために、地球物理学者は、観測手法。解析手法あるいは解釈の高度化に常に取り組んでいます。

坑井掘削に伴う調査

さて、各種の地熱探査が適用されると、熱水系の様子がおおよそわかってきます。次の段階は、推定された地下構造の確認のため、ボーリング坑を掘ります。コアと言って、円筒状の岩石が採取されます。岩石名を特定し、熱水変質(熱水が岩石と反応して、別の岩石に変わること)が見られるかどうか、割れ目が発達しているかどうかを調べます。肉眼的な鑑定もしますが、岩石をすりつぶし、粉末状にし、X線を使って詳細な化学成分も調べます。人体の場合のレントゲン写真やCTスキャンと同じです。火山岩の年代も測定します。密度、空隙率、熱伝導率などの岩石物性も計ります。

坑井を利用した調査

さらに、地下に開けられた坑井の中にいろいろな測定器を降ろします。ボーリング坑内の諸性質を物理的手段で調べるので、物理検層とも呼ばれます。まず、温度や圧力を測ります。また、地層中から湧き出す熱水の量も測ることができます。さらに、坑井から、熱水をくみ出して、そのボーリング坑周囲から、どの程度熱水が補給されるかを調べ、地層の透水性を測定します。また、ボーリング坑から熱水や蒸気が噴出する場合は、生産還元試験と言って、生産された熱水は別のボーリング坑から地下に還元し、坑井の生産能力・還元能力を見極めるとともに、生産還元によって地震発生などの地下環境に影響を与えないか、あるいは周辺の温泉に影響がないかどうかなども調べます。

熱水系の概念モデル作成

以上のようなデータが集まってくると、地下がどのような地層からできていて、地熱貯留層となるような断層がどこに存在し、さらに、熱源がどこにあり、地表水がどこから地下に浸透して、温められて移動し、どこに貯えられているかなど、熱水系の様子がかなりわかってきます。そうすると、その段階で、地下における熱と水の流れに関するイメージ、すなわち、熱水系の概念モデルが作成されます。これは2次元的に表現されたり、場合によっては3次元的に表現されます(図2.2)。熱水系のモデル化の第1段階です。

110622霧島銀湯地域地熱系概念モデル

図2.2 熱水系の概念モデルの例(鹿児島県大霧地熱地域。日本地熱調査会、2000)。斜めに示された直線状の実線(一部破線)が断層を示しており、高温の熱水および蒸気が貯えられている断裂型地熱貯留層を示しています。周辺部の断層のように雨水の流入ゾーンになっているものもあります。この地域の基盤と言われる四万十層にまで潜り込んだ雨水が温められ断層沿いに上昇して来ています。断層に沿って、高温部分が発達しているのがわかります。その上部には難透水性のキャップロックが存在しています。

熱水系の数値モデルの作成

熱水系のモデル化の第2段階は数値モデルの作成です。数値モデルは概念モデルに基いて作成され、地下における熱と水の流れを定量的に表現し、地熱資源量評価に使われます。
数値モデルの作成は以下のようになされます。まず、対象地域を3次元的な大きな直方体の形で切り出します。次は、その直方体を小さな直方体に分割します。ブロック分割と呼ばれることがあります。はじめの大きな直方体は、東西南北それぞれ数km、深さも数km程度の大きな領域です。それを一辺が数100mあるいは数10m程度の大きさの小さなブロックに分割するのです(図2.3)。そして、一個一個のブロックに密度、空隙率、透水係数(岩石中の水の通りやすさ)、比熱、熱伝導率などの物性値(物理的性質の程度を数値で表したもの)を調査データに基いて与えます。
 

図2.3 ブロック分割の例。対象地域を直方体状に切りだし、さらにその内部を必要に応じて、小さな直方体のブロックに分割する。それぞれの小さなブロックに岩石の物性(透水係数、熱伝導率、空隙率、密度など)を与えるとともに、境界面に境界条件(温度などの熱的境界条件や透水性などの水理的境界条件)を与え、必要に応じて熱源(マグマあるいは熱水や蒸気)を与え、どのような熱と水の流れが生じるかを計算します。

自然状態モデルの作成

多くの場合、まず、地下に熱源(地下深部からの熱水や蒸気の供給)を与え、数値シミュレータと呼ばれる、地下における熱と水の流れをコンピュータ上で計算するプログラムを用いて、どのような条件の時には、どのような温度分布や圧力分布が作られるかを計算します。そして、その計算結果と観測された値を比較します。はじめは、計算結果と観測データとの間には大きな差があります。いろいろな条件あるいは透水係数などのパラメータを変更し、できるだけ観測結果に一致した数値モデルを作ります。このモデルは熱水や蒸気を生産する前の自然な状態に関するモデルなので、自然状態モデルと呼ばれます。

ヒストリーマッチングと予測

この自然状態モデルを使って、対象地域からどのくらいの熱水や蒸気を生産することができるかを計算することができます。しかし、多くの場合、自然状態モデルから、生産量を予測しても誤差が大きく、正確な評価はできません。自然はそれ程簡単にはできていません。そこで、ヒストリーマッチングという手法を導入します。ヒストリーとは「歴史」であり、この場合、生産還元試験で、ある生産・還元を行なった場合、周囲でどのような温度・圧力の変化があったかという履歴を指します。さらに、長期間の生産・還元のデータがあればそれも利用します。「マッチング」とは適合させることです。したがって、ヒストリーマッチングとは、経時的なデータに適合するように自然状態モデルを修正することです。このヒストリーマッチングという手続きにより、モデルの精度が高まります。そして、ヒストリーマッチングが行なわれた、精度の高い数値モデルによって、対象地域では、どの程度の規模であれば、長期間安定して、蒸気を生産し続けることができるかを改めて計算します(図2.4)。このようにして、数値モデルが作られていくのです。地熱発電所ができた後でも、新しいデータが得られるので、それに適合するようにさらに数値モデルは修正され、より高精度の予測が可能となっていきます。数値モデルは地熱発電所が運転され続ける限り、改良されていくものです。
110622地熱貯留層評価の流れ 001

図2.4 数値モデリングの流れ(Bodvasson,1988)。フィールドデータに基づいて概念モデルを作り、さらに、自然状態モデルを作ります。これにヒストリーマッチング、感度試験を経て、控え目な地熱貯留層モデルを作成し、これに基づいて、生産量予測を行います。
2.4地熱資源量の評価
地熱発電所を建設するためには、その地熱地域でどの程度の規模の発電が可能かは前節2.3で示したような熱水系の数値モデルに基いて予測します。そのためには、対象地域ごとに各種の地熱探査法を適用し、地下構造を解明し、さらにそれを確認するために多くのボーリング坑が必要であり、さらに、ヒストリーマッチングというプロセスも必要です。しかしながら、たとえば、日本全体の地熱資源量評価を行うというような場合は、上記のような方法は使えません。それは、上記のような精度の高い数値モデルを作り上げるためには、対象地域ごとに多様なデータが必要であるからです。すべての地熱地域で高精度の数値モデルを作り、可能な資源量を計算し、それらを合計すれば、日本全体の精度の高い資源量評価が可能ですが、詳細なデータが得られているのは限られた地域のみであり、日本全体の資源量を評価することができません。そこで、日本全体の資源量を評価する上では「容積法」と呼ばれる別の手法が適用されます。また、この方法は、地熱発電所建設の初期段階でも可能な発電規模を概算する場合、適用されます。以下では、「容積法」について説明します。

容積法による資源量評価

容積法とは、対象とする平面的な領域をまず設定し、次に、想定する深度を決定します。 この深度の決定に当たっては、たとえば10kmとかあるいは地殻全体ということも可能ですが、現在、地熱発電が行われている地域と同じ様な資源量評価が望ましいことから、たとえば、重力基盤深度以浅(重力測定結果を解析して、地下の地層を浅部の密度の小さい部分と深部の密度の大きい部分の2つに分けたとき、浅部の密度の小さい部分。多くの地熱貯留層は、浅部の密度の小さい部分にあります。一般に3km以浅)を深さに取ることが行なわれます。これは多くの既設の地熱発電所を想定した場合、地熱貯留層は重力基盤深度以浅に存在することが多いと考えられるからです。容積法では、このように対象領域の3次元的広がりを確定し、その中に含まれる熱量をまず評価します。

地下温度分布の推定

地下に貯えられている熱量を評価するためには、地層の温度と比熱・密度が必要です。このうち、比熱・密度は地殻上層の岩石では大きく変わらないため、広い領域に対して、平均的な値を採用することができます。一方、温度分布は、ボーリング坑掘削結果があればそれを使用しますがそれがない場合、代わりの手法を援用することになります。地殻上部の温度分布は、平均的な地殻熱流量から計算される地下温度と地表温度100℃(水の沸点)の沸騰温度曲線との間にあります(図2.5)。その温度分布は、地表の温度が決まれば、簡単な式から導かれます。したがって、もし、ある領域内の最高温泉温度を地表面温度とすれば、重力基盤内の任意の深度の温度を推定することができます。したがって、対象領域内の3次元温度分布が決まります。
地熱地域地下の温度分布の例(林、1982)

図2.5 地熱地域地下の温度分布の例(林、1982)

貯留されている熱量の計算

地下の3次元温度分布がわかれば、対象容積内に貯えられている熱量Q0が計算されます。次に、この熱量のうち、どれだけの熱がボーリング掘削によって蒸気の形で地上に取り出されるかを推定します。この場合、地層の空隙率を推定し、この中を雨水が流動して取り出すことを想定し、抽出できる熱量を推定します。空隙率は貯留層の平均的な値を採用します。そうしますと、地下に貯えられている熱量のうち、50%程度が回収されると見積もられます。ここで、さらに安全を考えて、その半分が地上に取り出すことが可能とします。すなわち、地下に貯えられている熱の25%が地上に取り出されることになります。言い換えると、地下の熱の地上への回収率が25%ということになります。

熱エネルギーから電気エネルギーへの変換

次に取り出された熱のうちどの程度が、タービンを回転する機械エネルギーに変換されるかを考えます。この変換割合は蒸気の温度に大きく依存しますが、200~350℃の範囲では、0.2~0.4程度になります。さらに、この機械エネルギーが発電機を通して、電気エネルギーQeに変換されます。結局、最終的に発電電力QeはQ0x0.25x(0.2~0.4)x0.4、さらに(0.02~0.04)xQ0となり、地熱貯留層に存在する熱の2~4%が電気に変換されるわけです。この値は、一見小さいように見えますが、地熱貯留層に貯えられている熱量は膨大であるために、人類にとって意味のある発電量の値が得られることになります。なお、この数値は以下のように考える方が望ましいかもしれません。地球の熱を利用するという立場からは、地上に取り出された熱のうちどれだけが電気に変換されるかを考えるのです。その場合は、(0.2~0.4)X0.4x100=8~16%となります。したがって、多くの場合、地上に取り出された熱のうち、10数%が電気エネルギーに変換されていると考えられます。 容積法による資源量評価の流れを図2.6に示しました。
容積法による資源量評価の流れ

図2.6 容積法による資源量評価の流れ

わが国の総地熱資源量(発電量に換算した地熱ポテンシャル)

近年、わが国で、上記のような考え方で、わが国全体の地熱発電に使える地熱資源量は20540MW(2054万kW)、あるいは、23470MW(2347万kW)と評価されており、いずれの評価においても、2000万kW以上であり、わが国は世界第3位の地熱資源大国となっています。

総資源量の示すもの

なお、上で評価された地熱資源量は比較的浅部の地熱資源(重力基盤深度より浅部、おおよそ3km以浅)であり、発電方式はすでに確立している天然蒸気発電方式およびバイナリー発電方式を想定しています。たとえば、より深部にある高温岩体発電も考慮すると発電量は1500万kW、さらに、火山の下のマグマの熱を発電に利用するとした場合、2000万kW程度を超える資源量が評価されています。このように、より深部の熱まで考慮すればわが国には、地熱発電だけでも現在わが国で必要な全電力のかなりの部分を賄うことができるという数値を示すことができますが、しかし、当面のわが国の地熱発電のポテンシャルとしては、現在の技術レベルで採取が可能な2000万kW以上という数値を考慮することで十分と考えられます。技術が進めば、われわれが持つポテンシャルも大きくなるのです。

3.地熱の利用I:地熱発電

地熱発電の仕組みの概要については「1地熱エネルギーとは」で簡単に紹介しましたが、ここでは具体的な例をあげながらやや詳細に説明することにします。
3.1地熱発電所の地下のしくみ

地熱発電の基本的な仕組みは、地熱貯留層を見出し、そこに、蒸気を取り出すための坑井の掘削を行い、蒸気と熱水を取り出し、熱水は地下に還元され、蒸気はタービンに送られ、発電機を回し、電気を起こすと言うものです。ここでは、大分県にある九州電力八丁原地熱発電所の例をとって説明しましょう。八丁原地熱発電所はわが国最大の地熱発電所(認可出力11万kW)です。八丁原地熱発電所の地下の様子を示したものが図3.1です。

八丁原断面概念モデル

図3.1 八丁原地熱地域の地下の様子(Momita et al.,2000)。地下2~3km程度までは各種の火山岩が存在しており、その下に基盤としての花崗岩があります。断層は花崗岩とその上部の火山岩層を高角に切っており、正断層になっています。断裂型地熱貯留層はこれらの高角正断層の周辺に発達しています。図中左方の深さ1700~2500m程度の深さから地熱流体は生産され、図中左から右側(地図上では南東から北西方向)に輸送され、発電に使用された後、不用熱水は、図中右端あたりから地下に還元されます。

八丁原地熱地域の地質構造と地下温度分布の概要

図3.1はおおよそ地下5kmくらいまでの深さの地層の状態が示されています。地下2km程度の深さまでは、いろいろな火山岩の層からなっています。そして、それらの下には花崗岩(かこうがん。御影石とも呼ばれます)があります。この花崗岩の生成年代は今から1億年程度前です。花崗岩は地下のマグマが地下でゆっくり冷えるとできます。ですから、今から一億年前くらいには八丁原地域の花崗岩は高温だったわけです。でもその花崗岩も長い時間を経て今では冷えています。もちろん八丁原地域では、100m地下に潜ると10℃程度上昇するので、現在でも、地下5000mでは500℃を超えることになりますが。ただ、地下深部にある花崗岩の存在と現在の八丁原地域の地熱活動とは直接には関係ありません。この花崗岩の中に、八丁原地域の地熱活動の元になっているマグマ溜りがあると考えられています。

地熱系の熱源としてのマグマ

八丁原地域を含む地下にあるマグマ溜りから時々噴火によって溶岩や火砕流、あるいは火山灰が放出されて、花崗岩層の上にある火山岩の地層が形成されたのです。これらの火山活動は今から500万年前以降に発生したと考えられています。八丁原地域がある九重火山地域では、今から40万年前くらいから火山活動が特に活発になり、火山活動は西方から東方に移動したとも考えられています。八丁原地域を含む九重火山地域で一番古い火山が今から40万年くらい前に活動した、八丁原地域の約5km北西にある熊本県の湧蓋山(わいたさん)です。一方、九重火山の下にあるマグマが形成した一番新しい火山体は九重火山中心部の一番東側にある黒岳(くろだけ)で、今から1700年前に噴火した時につくられたと言われています。また、八丁原地域に一番近い火山体は合頭山(ごうとうさん)と呼ばれ、今から10万年くらい前にできたと言われています。すなわち、八丁原を含む九重火山地域では非常に長い間火山活動が続いてきたのです。そして、その元になったマグマ溜りはまだ生き続けていると考えられています。地震観測の結果からは八丁原地域から九重火山の中心部にかけて、地震波速度が周辺より遅い領域が見出されており、マグマ溜りの存在を示すものと考えられます(図3.2)。すなわち、八丁原地域では現在でも地下深部のマグマ溜りから熱が供給されているのです。

震源移動八丁原-九重中心部
図3.2地震波速度構造からみた八丁原~九重火山中心部の地下構造(吉川他、2000)。表層は低Vp・低Vs、第2層は低Vp・高Vsそして、深部にはマグマの存在を反映すると思われる低Vp・低Vsが見出されています。八丁原地域下にマグマの存在することは確かと考えられます。九重硫黄山直下に浅部までマグマが存在することは必ずしも明瞭ではありませんが十分可能性はあります。なお、1995年水蒸気爆発が発生する6か月から4か月前頃、八丁原地下6km程度から硫黄山直下4km程度まで震源移動があったことが指摘されており、八丁原地域下にあるマグマ溜りから、硫黄山山直下にマグマが移動した可能性も推定されています。

八丁原地域における断層の形成

さて、図3.1には地層をかなりの高角度で断ち切ったたくさんの斜めの線が示されています。これは断層を示しています。断層とは、地殻活動によって、地層がある面を境にずれたことを示すものです。八丁原地域の場合、地殻が水平方向に引っ張られたため、正断層(断層で接する地層のうち、下側の地層がすべり落ちるような断層の動き方)が多いとされています。そして、多くの場合、断層面周辺の地層が破砕され、水が通りやすくなっています。

地熱系の形成

八丁原地域周辺に降った雨は地下に浸透して行きます。断層からはより多くの地下水が浸透しますが、雨水は断層を含めたより広い地域から地下に浸透していきます。地下に浸透した雨水はマグマからの熱によって次第に温められます。冷たい雨水は重力の効果で地下に下がっていきますが温められると膨張し、軽くなり、浮力を生じます。しかし、水には粘性があるので、上昇するのが抑えられ、すぐには上昇できません。しかし、さらに地下に浸透して十分に温められると、浮力が大きくなり、粘性力と重力に打ち勝って、地下を浸透する温められた雨水はある時点で上昇に転じます。上昇する温められた雨水は、より通りやすいところ、すなわち断層を通って上昇していきます。断層が地上まで通じていれば地上で温泉や噴気などの地熱徴候が見られる場合があります。地熱系が形成された最初の頃はそうであったかも知れません。

地熱貯留層の形成

地下で温められた雨水は熱水となりますが、地層中を通るうち、地層と反応し、目には見えないようなごく微細な岩石粉を熱水中に取り込みます。しかし、上昇するに伴って熱水の温度は下がっていきます。すると今度は熱水中に溶け込んでいた微細な岩石粉は熱水から析出し、断層壁等の地層中に沈積します。この沈積が進むと水の通り道としての役割が断層や地層から失われます。これを自己閉塞作用(セルフシーリング)と呼びます。温められた熱水は断層中に閉じ込められることになります。地熱貯留層の形成です。この地熱貯留層中の熱水は周辺の地層に漏れ出すこともあるでしょう。それによって、地層の変質、いわゆる熱水変質も進行します。このような結果が図3.1に示されています。

生産に伴う地熱流体の挙動

地下から蒸気を取り出すためには、地上からの地熱探査によって、このような熱水・蒸気を貯えた断層すなわち地熱貯留層を探し出し、ボーリング坑を掘削するのです。図3.1では、蒸気を取り出す井戸の多くは図の左側にあり、地上に取り出された蒸気と熱水は気液2相のまま2相流体輸送管で、図3.1の中央にある発電所の位置まで運ばれ、そこで、セパレータによって気相と液相に分離され、蒸気はタービンに送られ、熱水は図3.1右側に送られ、還元井によって、地下に戻されます。還元される水が容易に地下に浸透していくためには、やはり断層が好都合です。したがって、地熱貯留層周辺のやや温度が低い断層に熱水(還元熱水)を戻すことになります。この還元熱水は地下を流れるうちに再び温められて地熱貯留層に戻るものと、地熱貯留層以外の地層に流出していくものがあります。この還元熱水の地熱貯留層への再供給の問題は地熱発電を長期間安定して行なうためには極めて重要であり、このことは後に紹介しましょう。
3.2地熱発電所の地上のしくみ
生産井からは蒸気と熱水が出てきます。多くの地熱発電所では坑口に取り付けられたセパレータ(気液分離器)によって、蒸気と熱水に分離されますが、八丁原地熱発電所では、坑口では気液分離せず、2相流体輸送管によって運ばれ、それぞれの坑井からやってくる気液2相流体を集めてからセパレータに入れ、まとめて気液分離します。これは流体輸送の効率化のために導入されたもので、建設当時(1977年)世界で最初の試みでした。

蒸気の流れと各種機器

なお、気液分離の仕組みは次のようなものです。円筒状のセパレータ中に水平に送り込まれた気液2相の地熱流体は、重力の作用のもと、蒸気は上昇し、熱水は下降し、特別な力を要せず分離します。分離された蒸気はタービンに送られます。なお、蒸気はタービンに接続している復水器の中でガスエゼクター(ガス抽出器)と呼ばれる、非凝縮性ガス(硫化水素ガスや炭酸ガス等)を取り除く機器を通過します。非凝縮性ガスとは温度が下がっても液体にならないガスのことです(したがって、水蒸気は非凝縮性ガスではありません)。タービンを効率的に働かせるためには、タービン出口の圧力を下げる必要がありますが、水蒸気は冷えて液体になり真空状態に近い圧力に下がりますが、非凝縮性ガスは常温付近ではガスのままですので圧力は下がりません。このため、ガスエゼクターによって非凝縮性ガスが取り除かれます。この取り除かれた非凝縮性ガスは、冷却塔から空気と共に、大気中に放出されます。

生産蒸気中に含まれるガス

放出されるガスのうち硫化水素は濃度が濃いと有毒で臭いもします。ただ、八丁原地熱発電所を含めて多くの地熱発電所では、冷却塔から放出される時点でも、濃度は環境上の規制値である10ppm以下ですが、多量の空気と共に上方に放出されるので発電所構内でも非常に低い濃度になっており、環境上の問題はありません。しかしながら、人間の鼻は非常に敏感ですので、臭いを感じる人もいます。しかし、多くの場合一過性で問題になっていません。ただし、発電所の中には硫化水素が比較的多い場合があり、発電所中の大気中の硫化水素が環境基準を下回っていたとしても、発電所周辺に定住されている方にとっては気になる場合があります。そのような場合は、硫化水素除去装置が取り付けられる場合があります。わが国では2ヵ所、福島県にある柳津西山地熱発電所および八丈島地熱発電所に設置されており、柳津西山地熱発電所の場合、硫化水素の除去に伴って硫黄が生産されるのですが、硫黄は製品として出荷されています。

ダブルフラッシュ方式

ガスエゼクターを通過した蒸気はタービンに送られます。一方、熱水は多くの場合、分離後還元井から地下に戻されますが、八丁原地熱発電所では熱利用の効率を高めるために、ダブルフラッシュ方式が採用され、まだ高温高圧の分離熱水からさらに蒸気を作り、タービンの後方側に入れられます。坑井中で天然の1度目のフラッシュによって蒸気が生産され、さらにフラッシャーと呼ばれる減圧タンクの中で人工的に熱水の圧力が下げられると新たに沸騰が始まり、蒸気が作られます。これを2次蒸気と呼びます。この蒸気の圧力ははじめからタービンに入れられた1次蒸気の圧力よりは低いのですが、タービンを回す十分な力があります。なお、ダブルフラッシュ方式と呼ばれるのは、坑井内で熱水からフラッシュによって蒸気が生産され、さらにフラッシャーによっても蒸気が作られるからです。

異なるフラッシュ方式による長所・短所

多くの地熱発電所ではフラッシャーはなく、2次蒸気を作りませんが、その場合はシングルフラッシュ方式と呼ばれます。ダブルフラッシュ方式は熱利用効率の面からは優れた方式ですが、還元する熱水の温度が下がります。この還元熱水の温度低下は、地層に目詰まりを起すスケール発生(熱水中に溶け込んでいる岩石の微粒子が熱水から分離され、それが固形物となること)の可能性を高くするとともに、地熱貯留層に供給される熱水の温度を下げるというマイナスの作用があり、ダブルフラッシュ方式の採用は十分な検討が必要です。なお、八丁原地熱発電所ではダブルフラッシュ方式の採用により、発生電力が15%程度増加していると言われています。後述するように、現在安定した発電が行われていることからすると、ダブルフラッシュ方式の採用は有効な方法となっていると考えられます。なお、現在、ダブルフラッシュから、さらにもう一度フラッシュさせるトリプルフラッシュ方式も作られています(ニュージーランド・ナウアプルア地熱発電所)。

復水器と冷却塔

さて、タービンに入った1次蒸気および2次蒸気は、タービンを回した後、タービン出口で、冷却水により冷却され、温水となり、復水器にためられます。この温水は、今度は蒸気の冷却に利用するために、冷却塔を通ることによって、温度が下げられます。冷却塔(クーリングタワー)内では、温水は、散水方式で大気中を通過することにより冷却され、冷却された水は再びタービン出口に送られ、タービンを出る蒸気の冷却に利用されます。なお、冷却塔からは白い煙のようなものが噴出するのが見られ(図3.2)、地熱発電所の大きな特徴となっていますが、これは微小な水滴およびそれの蒸発した水蒸気です。

西島地熱火山研究報告表紙写真

図3.2 八丁原地熱発電所の全景。図の左側に生産ゾーン、右側に還元ゾーンがある。図中、中央やや右側の2回の建物がタービンが入っている建屋、その後方(2号機用)および左側(1号機用)から白い煙のようなものが上がっているのが冷却塔です。

発電された電気は?

タービンの回転数は1分間に3600回転で、八丁原地熱発電所では60Hzの電気が作られます。発電機によって作られる電気の電圧は6600ボルトですが、発電所構内の変電所により、昇圧され66000ボルトの高圧になって、送電線から最寄りの日田変電所に送られ、系統に接続され、各地で利用されることになります。地熱発電所によっては、地熱発電によって発電された電気が発電所周辺の地域で使われる場合もあります。このような場合は、まさに、分散型電源としての地熱発電となっています。
3.3持続可能な発電のしくみ
地熱発電所の地下はどのような仕組みになっており、また地熱発電はどのような仕組みで行われているかについて、おおよそ理解してもらえたと思います。八丁原地熱発電所では出力5万5000kWのタービンが2台あり、合計11万kWの設備が順調に運転されています。定期点検期間を含めても、時間利用率90%以上の高い利用率です。太陽光発電が約12%、風力発電が約20%と言われていることを考えると、地熱発電のすぐれた一面を見ることができます。さて、このような安定した発電は長期間続けられるものでしょうか。すなわち、蒸気は長期間生産を続けられるのでしょうか。地熱発電の長期間にわたる安定した発電すなわち持続可能な発電について以下で考えてみたいと思います。

持続可能な発電

持続可能な発電とはどのようなものか、まず考えて見ましょう。地熱地域には大きくて活発なものがある一方、規模の小さいものもあります。したがって、大きく活発な地熱地域では大きな地熱発電が可能で、小さい規模の地熱地域では小さな地熱発電が可能と考えられます。すなわち、地熱地域ごとに、建設される適切な発電規模が想定されます。そのように考えると、地熱地域には地熱地域ごとに持続可能な地熱発電量E0があると考えられます。E0より大きな発電を行った場合、生産井をたくさん掘れば、短期間はE0を維持できると考えられますが、やがては、E0を維持できなくなり、持続可能な発電は実現されないと考えられます。一方、E0より小さな発電を行う限り、持続可能な発電を続けることは可能でしょう。しかし、この場合は、資源の一部しか利用しておらず、また、一般にこのような場合は経済性もあまりよくないでしょう。そうすると、経済性も高く、持続可能な発電を行なうためには、その地域に適した発電量E0をできるだけ早い段階で見極め、その発電量を長期間にわたって維持していくことが望ましいと考えられます。この様子を図3.3に示しました。さて、このようなことが実現できるでしょうか。そして、実現するためにはどのようにしたらよいでしょうか。実は、八丁原地熱発電所はこのようなことを考えるためのとても良い例なのです。

スキャンデータ-1-5

図3.3 持続可能な地熱発電の考え方(Axxelsson et al.,2003)。詳細な説明は本文参照。

八丁原地熱発電所建設の経緯と持続可能な発電技術の開発

九州電力八丁原地熱発電所1号機(設備出力5万5000kW)は1977年に運転開始しました。八丁原地域の近くの大岳地域では1967年わが国最初の熱水卓越型の地熱発電所(現在の出力1万2500kW)が建設され、その後順調に運転を続けています。その調査の中で、大岳地域の南部にある八丁原地域にも有望な地熱資源があることが推定され、大岳地域よりもさらに優勢な地熱資源が予想されたことから5万5000kWの地熱発電所(1号機)の建設が行なわれたのです。1号機の運転開始後、周辺地域の調査が続けられ、さらに規模の大きな発電が可能とされたことから、1990年に2号機(5万5000kW)が建設されました。その少し前から持続可能な地熱発電を実現するため、重力変動観測法により、地熱貯留層の適切な管理を行なうための研究が九州大学によって開始されました。重力変動観測法とは、地熱流体の生産・還元に伴う地熱貯留層内の流体質量変化を重力変化として捉え、地熱貯留層の適切な管理に活かすというものです。

重力変動観測と重力計

八丁原地熱発電所2号機運転開始直前の1990年6月、重力変動観測が開始されました。図3.4に示すような観測点で、第1回目の観測を行ないました。使用した重力計はカナダ・シントレックス社製のCG-3型重力計(後には、より高精度のCG-3M型も使用されました)でした。観測データのデジタル処理が可能で、フィールド操作性がよい新鋭の機器でしたが、実質的にわが国で最初に導入した重力計であったので、機器の取り扱いあるいはデータ処理にいろいろな苦労がありました。しかし、2号機運転開始前には準備が完了、2号機運転開始後、年4回程度の繰り返し観測が実施されました。

図3.4 八丁原地熱発電所における重力変動観測点の配置。中心部に発電所建屋(■)があり、その南東部に生産ゾーン(Production zone)が、北西部に還元ゾーン(Reinjection zone)が存在しています。破線は断層の位置を示しており、●印が重力観測点を示しています。▲印は九重火山群を構成する火山体のピークを示しています。

重力変動観測結果とその解釈

重力変動観測を繰り返した結果、非常に興味深い観測結果が得られました。図3.5に還元ゾーン(a)および生産ゾーン(b)それぞれにおける代表的な観測結果を示しました。還元ゾーンでは、運転開始後(熱水の還元開始後)重力は一時的に上昇しましたが、その後、低下し、やや長い周期で増減を繰り返し、一方向に重力が増加する傾向は見られませんでした。この結果は、次のように解釈されました。地下に還元された熱水は、一定期間、還元井周辺に滞留していましたが、やがて、周辺に拡散していった。そして、その後、このような変化を繰り返したものと。すなわち、還元熱水は一時的には還元井周辺に滞留するのですが、そこにずっと滞留することはなく、周囲に拡散していくものと理解されました。
Hatchobaru重力1
図3.5(a)還元ゾーンでの重力変化例

Hatchobaru重力2
図3.5(b)生産ゾーンでの重力変化例


一方、生産井の周りではどうだったのでしょうか。図3.5(b)からみると、発電所運転開始直後(地熱流体生産開始直後)より、重力は急激に減少したのですが、重力減少の程度は次第に減少し、10年程度後以降、重力は安定しています。そして、重力減少の期間、発電量が減少し、また、重力の回復に伴って、発電量も回復したことが知られています。これらについては、以下のように解釈しました。地熱流体の生産に伴って、地熱貯留層中の地熱流体は減少しました。しかしながら、周辺からの地熱流体の補給はやや遅く、しばらくは地熱貯留層中の地熱流体量は減少する一方でした。しかし次第に、周辺からの補給が行なわれ、重力減少の程度は次第に小さくなり、やがて、地熱流体の生産量と周囲からの補給量とがバランスするようになり、重力はほぼ一定になったと考えました。

重力変動と地熱貯留層の圧力変動の対応

観測井による地熱貯留層の圧力観測結果とその観測井近くの重力変動観測結果を示したのが図3.6です。これを見ると両者の対応が非常によいことがわかります、貯留層の圧力が減少するときには重力が減少し、貯留層の圧力が上昇すると重力が上昇しているのです。地表における重力観測は地熱貯留層の質量変化(圧力変化)をとてもよく捉えていることがわかったのです。この結果は、重力変動観測法の有効性を確信させてくれ、他の地熱発電所においても実施するきっかけになりました。
p-g01
図3.6 地熱貯留層の圧力変化と重力変化の比較(田篭ほか、1996)

重力変動の空間的パターンの変化

図3.7(a)、(b)には、運転開始直後と2号機運転開始10年後の重力変動率のパターンを示しました。2号機運転開始直後では、発電所の南東側の生産ゾーンで広範囲の重力減少が観測されています。観測開始後、重力減少地域が徐々に拡大し、観測のたびに観測領域を広げました。一方、2号機運転開始直後には、地熱発電所の北西側にある還元ゾーンでは重力増加が出現しました。しかし、2号機運転開始10年後にはどうでしょうか。生産ゾーンにおける広域の重力減少も、還元ゾーンにおけるやや広域の重力増加も認められなくなりました。そのような広域に渡る重力変動は見出されなくなり、新たな生産井や還元井の掘削に伴う新たな生産・還元による局地的な重力変動以外に、広域的で経年的な重力変動は見られなくなりました。

図3.7(a) 運転開始直後の重力変化率

図3.7(b)運転開始10年後)の重力変化率

地熱貯留層内における流体の収支バランス

このように、重力変動観測の結果は、地熱発電所運転開始10年後程度以降、地熱貯留層内における地熱流体の質量収支が次第にバランスしつつあることを示しています。さらに、次のような解析はそのことをいっそう明瞭に示しました。図3.8に2号機運転開始10年後の地熱貯留層の地熱流体質量収支を示しました。1999年10月から2000年10月までの1年間に、地熱貯留層から22.7Mt(メガトン)の地熱流体が生産され、14.4Mtの熱水が還元されました。

図3.8 八丁原地熱発電所地下における地熱流体の収支バランス


22.7-14.4=8.3したがって、8.3Mtの地熱流体の質量が地熱貯留層から失われたことになります。一方、重力変動観測結果から、ガウスの定理といって地熱貯留層における質量変化を見積もる方法を適用すると、1Mtの質量減少と計算されました。8.3Mtの質量が減ったのに、観測結果からはたった1Mtの減少しか見出されなかったのです。これはいったいどういうことでしょうか。それについては以下のように考えました。発電に伴って地熱貯留層内の流体質量が減少したため、地熱貯留層の圧力が減少し、地熱貯留層とその周辺地層との間に新たな圧力差が生じたことによって、周辺から地熱貯留層に地熱流体が補給されていたのです。補給量は8.3-1.0=7.3、すなわち、7.3Mtであり、地熱発電に伴って失われた地熱流体の90%程度が補給されていることがわかったのです。

還元熱水の地熱貯留層への戻りに関する補足

この補給は今後もゆっくり増加していき、八丁原地熱発電所で適切な生産・還元が行なわれる限り、次第に補給率100%に向かっていくことでしょう。なお、図3.8では、還元された熱水のすべてが生産ゾーンに戻されるものと仮定して図が描かれていますが、生産される地熱流体中に含まれる還元熱水の割合がとレーサー試験(還元井に、還元熱水とともに薬品―トレーサー―を注入し、それが生産井からどの程度出てくるかを調べる試験)に基いて推定され、八丁原地域においては、生産流体の半分は還元熱水からもたらされたものと推定されています。この結果と重力変動観測結果から、還元熱水のおおよそ75%が生産井に向かっていることが示されました。このように、八丁原地熱地域では重力変動観測に基いて、地熱貯留層の状態が適切に評価され、持続可能な地熱発電に向かっていると理解されました。

八丁原地熱発電所における持続可能な発電に関する見通し

以上の結果、八丁原地熱発電所の持続可能な発電については図3.9に示すような見通しが得られています。八丁原地熱発電所では1977年2万3000kW(23MW)の出力で運転が開始され、3年後には5万5000kW(55MW)の定格出力に達しました。その後、1990年に2号機が設置され、合計出力11万kW(110MW)になりました。2号機運転開始直後、出力は減少しましたが、いろいろな努力の結果、2号機運転開始後10年後以降は出力が安定し、20年以上が経過した2011年にはほぼ定格に近い出力の電気が安定して生産されています。重力変動観測に基づいた地熱貯留層の質量収支の解析結果からは安定した地熱貯留層の状態が続いていることが推定され、この状態を長期にわたって継続することが可能と推定されています。一方、地熱貯留層の数値モデリング結果によれば、12万kW(120MW)の発電が長期間維持されうることが報告されています(Tokita et al.,2006)。八丁原地熱発電所では持続可能な発電が実現されつつあり、今後も重力を初めとする地熱貯留層モニタリングとそれに基く地熱貯留層の数値モデリングにより、それが実証されていくことを期待したいと思っています。

西島作成最適生産図

図3.9 八丁原地熱発電所における持続可能な地熱発電の考え方

4.地熱の利用 II:地熱直接利用

4.1多様な地熱エネルギーの利用法

地熱直接利用の歴史

地熱エネルギーは、高温の蒸気が得られる場合は発電に利用されますが、発電に利用できない場合は、熱をそのまま熱として利用することができ、地熱エネルギーの直接利用といわれます。むしろ、この直接利用は地熱発電よりもはるかに長い歴史をもっています。世界を見渡すと、古くから古代ローマで温泉利用が好まれたことが知られており、一方、わが国でも、8世紀に記された日本書紀に四国愛媛県の道後温泉のことが記されています。

ところで、地熱直接利用には浴用以外にはないのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。世界では実に多様な直接利用が行われているのです。熱水も、地熱発電所で気液2相流体から分離された熱水は高圧で高温です。多くの場合、発電に利用される蒸気の温度はおおよそ150℃以上ですから、熱水利用される温度は高いものでは150℃程度になります。一方、低いものでは、常温(15℃程度)より少し高い程度の低温の温泉水があります(なお、常温の地熱利用である「地中熱利用」については後に述べることにします)。これらは、温度の違いによって実に多様な利用法があります。図4.1に温度ごとに分けて示した地熱直接利用の例が示されています。
温度別地熱直接利用

図4.1 温度別の地熱直接利用(NEF、2007)

高温直接利用と低温直接利用

以下では、浴用あるいは室内暖房利用(40~50℃)より高いものを高温直接利用、それより低いものを低温直接利用として紹介しましょう。高温利用の例として、製紙や木材乾燥があげられます。ニュージーランドのカウェラウ地熱発電所では、地熱発電が行われるともに、木材乾燥用に熱水が使われています。木材乾燥も重要な高温直接熱利用です。これらはおよそ80℃以上の熱水が使われます。もう少し温度が下がると、食品加工やセメント乾燥、さらに熱帯植物園での加熱などに使われます。おおよそ50℃以上です。通常の農業用などの温室でも40℃以上です。

バイナリー発電

ところで、最近、従来、発電に利用されてこなかった高温熱水の発電利用への道が大きく展開しています。それは、高温熱水を用いて、水より沸騰温度が低い媒体(たとえば、ペンタンやイソブタンのような炭化水素系の媒体、アンモニア、あるいはアンモニアと水の混合溶液)を加熱し、これによって作られた高圧の蒸気によりタービンを回して発電を行うバイナリー発電と呼ばれる方式です(図4.2)。
バイナリー発電図
図4.2 地熱バイナリー発電のしくみ(新エネルギー財団、2007)


このバイナリー発電は、実は、通常の天然蒸気を用いる発電方式よりも規模は小さいのですが(多くは5百kW~2千kW程度)、近年の世界の状況ですと、設置される発電システムの数では、バイナリーア発電のほうが通常の天然蒸気使用の発電よりも多いと言われています。また、最近は大型のバイナリー発電も考えられているようであり、一ヵ所で1万kWに達するようなものも検討されているようです。日本でも九州電力八丁原地熱発電所に設備出力2千kWの、熱交換媒体としてはペンタンを使ったバイナリー発電システムが設置されています。ただし、八丁原地熱発電所に導入されたバイナリー発電システムは、熱水を熱源として使うものではなく、圧力が低く、そのままでは、タービンに導入できない蒸気を使っています。

温泉バイナリー発電

バイナリー発電において、近年、日本で非常に注目されているのが温泉バイナリー発電です。温泉を浴用に利用するには温度が40~50℃程度である必要があります。しかし、温泉によっては高温なものがあり、100℃を超えるものもあります。このような場合、浴用だけに使うとすると、適温まで冷ます必要があります。自然に冷ますには時間がかかります。そこで、冷却用にいろいろな方法が考え出されました。たとえば、群馬県の草津温泉では、「湯もみ」と称し、大きな木製のヘラを使って熱い湯船をかき回し、人工的に冷やしたりしています。この湯もみは和服を着た女性が行なうことで、観光用にもなっています。一方、別府温泉では、温度の高い温泉を竹の笹の中を通すことで冷却を促進しています。これらは、言い換えると、高温の熱エネルギーを無駄に捨てることになるわけで、とてももったいなく、また、本来は、無駄なことと考えられます。そこで、高温の温泉の場合、まず、温泉バイナリー発電によって、泉温を低下させ、その後、浴用に使うことが考えられます。

温泉バイナリー発電を環境省がバックアップ

この温泉バイナリー発電は、わが国の温泉地でまだ実用化されてはいませんが、環境省は温泉バイナリー発電を積極的に進める姿勢で、各地の温泉地で、補助金を手当てし、温泉発電の実用化を手助けしています。そのような実例として、新潟県松之山温泉や長崎県小浜温泉が挙げられます。これらの地域では、2011年から2012年にかけて、実際に温泉バイナリー発電システムが設置され、実証化試験が行なわれることになっています。250kW以上の比較的規模の大きいバイナリー発電はすでに地熱発電として世界で実用化されていますが、上記で想定されている数10kWの規模のバイナリー発電は温泉地で行われた例はありません。パイプや熱交換器の目詰まりを起すスケールの析出などが1つの問題となりますが、試験発電が順調に進むことを期待したいと思います。なお、200kWクラスの地熱バイナリー発電の実験が、宮崎県霧島温泉の霧島国際観光で行なわれ、成功裏に実験が終了しています。

湯煙発電―もう1つの温泉発電―

温泉井の中には、井戸口から勢いよく蒸気・熱水を噴出するものがあります。この蒸気・熱水の運動エネルギーを直接電気エネルギーに変えようとする発電方式が湯煙発電です。温泉井から噴出する蒸気・熱水で衝撃型のペルトン水車を回し、さらに、蒸気によってタービンを回すのです。現在、大分市のメーカー「ターボブレード」が別府温泉で、1kWのペルトン水車と1kWの蒸気タービン(復水式)を備えた装置により、実験を行っており、数年後には出力50kWの実用機の完成を目指しています。図4.3に別府温泉で実験中の設備を示します。

120714湯煙り発電実験写真 036

図4.3 別府温泉で実験中の湯煙発電装置と開発者の林正基社長(左側)。手前上側の箱状の容器内にペルトン水車が入っており、その左側の円筒状の部分に蒸気タービンが入っています。下部の箱型の容器が復水器となっています。なお、手前側のパイプから蒸気・熱水が投入されます。

多様な地熱直接利用

さて、低温利用の例としては、きのこ栽培などのビニールハウス、テラピアやうなぎ等の養魚、あるいは温水プールへの利用等が挙げられます。気温の低い、ヨーロッパ各国では大きな進展を見せていますが、残念ながら、わが国では、バラ栽培など一部では成功している場合もありますが、必ずしも経済性が明確でなく、大きな進展がありません。今後、ビニールハウスの暖房に利用する重油の価格も次第に上がることになります。そのような意味から、比較的低温の地熱利用も必ず増えていくと期待したいと思います。なお、さらに低温の直接利用場合、雪国では融雪などに利用されています。なお、北海道や東北・北陸地域では、国あるいは地方公共団体が地中熱を利用した融雪システムの導入に努めています。なお、地中熱利用に関しては、6.3で述べることとします。 以上、記しましたように、熱水の直接利用は温度により実に多様です。したがって、地熱エネルギーをより有効に利用するためには、温度の異なるいくつかのシステムを段階的に併用することが考えられます。このような方法をカスケード利用と言います。次節ではそのことに触れましょう。なお、温泉バイナリー発電後、温度の下がった温泉を浴用に利用するのは、カスケード利用の一例と言えます。
4.2カスケード利用

カスケード利用による熱の有効活用

地熱エネルギーのカスケード利用とは賢い地熱エネルギー利用の一方法です。たとえば、100℃の温泉を浴用のみに利用する場合を考えて見ましょう。100℃で1グラムの温泉水の持つ、常温(ここでは仮に10℃としましょう)を基準にした場合の熱エネルギー量は、約90カロリー(378ジュール)です。いま仮に、温泉の湯船に入る温泉水の温度を45℃、そして、湯船のある浴室の排水溝から流出するときの温度を35℃としてみましょう。すると、浴用に利用された熱量はたった10カロリー(42ジュール)となり、利用されるのはもともとあった熱量の11%と、実はほとんどの熱は利用されず、大気中へあるいは廃水となって川や海に捨てられることになります。さらに、自然湧出あるいはポンプによる揚水の場合、連続的に利用されている場合でも、多くても1日8時間程度の利用と考えられますので、実際の利用熱量は上記の3分の1程度、すなわち、もととも持っていた熱量の4%程度が利用されることになります。このことは地球からの恵みである地熱エネルギーを有効に使っているとはとても言えません。したがって、より広い領域の温度範囲にわたって熱を利用することがカスケード利用であり、その大切さがわかると思います。

カスケード利用の実例

そのような1例を示すことにしましょう。ここでは、地熱発電所から出てきた150℃の熱水のカスケード利用の例を示します(図4.4)。この例では、発電所から送られてきた熱水は、食品加工あるいは冷蔵プラント用に使われ、温度は150℃から100℃に低下します。そして、この100℃の熱水は、団地や温室の暖房に使用されています。その結果、温度は100℃から50℃程度に低下します。そして、さらに、魚介養殖に使われ、50℃から20℃に低下後、排水されています。仮に、途中での熱のロスがないと仮定した場合、発電所からの熱水がそのまま排水として処理された場合に比べ、食品加工・冷蔵プラント、団地および温室の暖房、さらに魚介養殖に使われた場合、もともとあった熱量の87%が利用されるのに、熱水を何も利用せず排水として戻すと、熱水の持っていたすべての熱を無駄にしてしまうことになります。このように、エネルギーの有効利用という観点からもカスケード利用は大変重要な方法です。

120127カスケード利用 001

図4.4 カスケード利用の例(日本地熱学会IGA専門部会、2008)

より有効な地熱の利用

わが国の地熱発電所では、セパレータで分離された熱水のほとんどは、未利用のまま地下に還元されていますが、とてももったいない話と思われるでしょう。現在、分離された熱水は、たとえば、八丁原地熱発電所では、フラッシャーにより2次蒸気をつくり、発電量を15%増加させ有効利用を行っていますが、その他の多くの地熱発電所ではそのごく一部を清水と熱交換し、浴用等に利用されていますが、地上に取り出された地熱エネルギーのごく一部を利用しているに過ぎず、今後熱水の有効利用を考えていくことは大切と思われます。ただし、カスケード利用後の熱水は温度が下がりますから、それを還元水として使う場合、地熱貯留層の温度を下げる可能性があり、熱水利用は総合的に検討する必要があります。しかし、分離後の熱水を有効に利用することは、地熱発電所の立地地域に、電力以外の貢献の可能性を秘めているわけで、地域に応じた有効利用法を考えていくことはとても大切なことと言えるでしょう。都会では、地熱水に比べかなり温度の低い都市排水の熱利用も考えられている時代です。地熱水のカスケード利用を真剣に考える必要があると思います。
4.3地中熱利用
地中熱とは、火山地域や温泉地域のように、マグマなどの特別の熱源によって地下浅部が温められている地域ではない、普通の地域の地下浅層(通常地下数mから100m程度)に貯えられている熱のことです。したがって、特定の熱源により、特別の熱が貯えられて いるわけではなく、暖房等に利用できる特別の熱があらかじめ貯まっているわけではありません。

地中熱とその利用法

ところで、日本のような中緯度地域では、おおよそ地下20mより深いところの温度は年間を通じてほぼ一定です。中緯度地域では、一般に気温の年変化の影響は20mを超える深度には影響を与えないからです。このように地下数10m以深の温度は年間を通してほぼ一定ですが、一方、気温は夏高く、冬低くなります。したがって、地表の気温と地中の温度には一定の差が生じることになります。たとえば、東京や福岡ですと、地下50mの地温は年間を通して18℃程度で一定です。一方、夏の平均気温は28℃程度、冬の平均気温は8℃程度です。したがって、地中の温度は、気温に比べて、夏は10℃程度低く、冬は10℃程度高いのです。これは、昔から、井戸水の温度は年間を通じて変わらないのですが、夏は涼しく感じ、冬は暖かく感じると言われてきたのと同じことです。この温度差を利用して、冷房や暖房あるいは温水造成、道路融雪、さらには、農業用のビニールハウスの暖房に利用するのが地中熱利用です。利用する温度が地中の温度と余り変わらなければ、地下から取り出した熱をそのまま利用することで済みます。しかし、それだけでは不十分な場合は、ヒートポンプと言って、熱を上げたり、捨てたりする機能を持つ熱交換装置を利用します。

ヒートポンプの利用

実はこのヒートポンプと言うのは私たちにとてもなじみ深いものです。今では、どの家庭や職場でもエアコンがあると思います。エアコンも1つのヒートポンプで、夏には外気を取り入れて、その熱を取り去り(それによって生じた暑い排熱を戸外に放出しており、ヒートアイランド現象の一因となっています)、温度が低下した空気によって(実際には熱交換した冷媒によって)、室内の空気の温度を下げています。冬には、それとは反対に、外気を取り入れ、それをヒートポンプで温め、冷媒を通じて、室温を上げています。ヒートポンプでは空気を圧縮して温度を上げ、膨張させて温度を下げています。

消費電力量の少ない地中熱利用ヒートポンプシステム

一方、地中熱利用冷暖房システムでは、年中一定の地温で冷却あるいは温められた媒体(水や不凍液)を地中に設置されたパイプ内を循環させ、地上に取り出し、室内循環システムと熱交換することによって、冷暖房を行なっています(図4.5)。夏は温められた排熱を外気中に排出することなく、地下に戻し、地層を温め、冬にはその熱を利用して暖房するという非常に賢い利用法となっています。簡単に言えば、通常の空気熱源のエアコンでは、夏には、熱い空気を大幅に冷やし、冬には、冷たい空気を大幅に温めて利用するため、より多くの電気を消費することになりますが、地中熱利用冷暖房システムの場合は、上昇あるいは低下させる温度幅が小さいので、少ない電気の消費で済むことになります。一般に、30~50%の節電ができると言われています。また、夏には、ヒートアイランド現象の一因になる排熱を外気中に出さないという大きな利点もあります。

図4.5 地中熱利用冷暖房システム(坑井内同軸熱交換器方式によるもの)

世界における地中熱利用ヒートポンプシステムの普及

このように、優れた地中熱利用ヒートポンプシステムですが、どの程度普及しているのでしょうか。読者の皆さんの中には、2012年3月には世界一の塔の高さとなった東京都港区にあるスカイツリーの建物の一部の空調用に地中熱が使われていることをご存知の方がおられるかと思います。しかし、わが国では、まだまだ広く普及しておらず、全国で設置されているのも数100台のオーダーです。外国ではどうでしょう。実は世界では近年急激に拡大しており、世界全体では100万台以上(家庭の冷暖房用の地中熱利用冷暖房システムに換算して)になっています。スイスでは、国際空港の空調が地中熱利用冷暖房システムで行なわれ、また、新築の住宅の80%以上に、地中熱利用冷暖房システムが設置されていると言います。これは同国政府の環境対策の一環として進められていることによるのですが、経済的にも十分効果的なシステムになっています。

ヒートアイランド現象緩和への貢献

地中熱利用冷暖房システムを導入すると、ヒートアイランド現象の一因となる排熱を大気中に出さないだけでなく、電力消費が通常のエアコンに比べ、約3分の1以上節約されると言われています。3.11東日本大震災・福島原発事故以後、原子力発電所の停止により、節電が繰り返し要請されています。その際、一番大きな問題は夏季冷房時のピーク電力のカットです。上述しました地中熱利用冷暖房システムは、普通のエアコンシステムに比べて約3分の1以上の消費電力削減ができます。すべての冷暖房を、現在使われている空気熱源エアコンシステムから地中熱利用冷暖房システムに置き換えることができれば、夏季電力ピーク時の電力不足を解消することができるのです。将来、原子力発電が利用できなくなった場合、地中熱利用冷暖房システムの役割は大変重要なものになるでしょう。

わが国で地中熱利用を進めるためには

さて、このように大変重要な役割を果たしうる地中熱利用冷暖房システムがわが国ではあまり普及していない理由は何でしょうか。それは、消費電力が少なくなるため運転費用は安くなりますが、設置コストが従来からある空気熱源エアコンシステムより高いことです。地中熱利用冷暖房システムを設置するためには、まず、熱交換用のボーリング坑を掘る必要があります。普通の住宅1戸の冷暖房をまかなうためには、数10mの深さ(60m程度)の熱交換井が必要です。外国に比べ、わが国の地層は複雑で、ボーリング費用が余計にかかります。また、まだ普及が不十分であることもあり、地中熱利用ヒートポンプ装置の金額も十分下がっていません。さらに、わが国では、ほとんどの住宅で空気熱源エアコンシステムがすでに設置されており、すぐには交換することができません。

地中熱利用の拡大に向けて

環境省や経産省も導入促進のため、補助金活用などを進めていますがまだまだ不十分です。設置費用を下げるためには、地中熱利用冷暖房システム設置台数が飛躍的に伸びることが必要で、鶏と卵のたとえ話に似ています。地中熱利用冷暖房システムが環境上非常に優れていることはすでに述べたように確かなことです。導入が進むためには、この利点を多くの方々に知っていただくことが必要です。そして、公共施設等に積極的・先導的に導入し、より身近なものにしていくとともに、価格低下のための努力を続けることが重要と思います。地中熱利用冷暖房システムは、電気代が安く、運転費用は少なくなっていますが、初期投資が高く、現在、初期投資を取り戻すには10年前後が必要と言われています。今後、暖房用の化石燃料は必ず上昇します。都会のヒートアイランド現象も確実に悪化します。このようなことを考えると、地中熱利用冷暖房システムの普及は是非とも必要です。住宅あるいは業務用建築物を新たに作るときには、必ず地中熱利用冷暖房システムを導入することを検討することにしましょう。あなたは、確実に、地球環境保護に貢献できるとともに、導入何年か後には安い買い物をしたと思うことがあることを期待したいと思います。

(2012年8月15日)

Institute for Geothermal Information. All Rights Reserved.