『諌干「開門認めず」決着 20年の法廷闘争終結 請求異議審で最高裁』 毎日新聞3月3日付朝刊一面トップはこう報じている。国営諫早湾干拓事業(長崎県)を巡り、国が潮受け堤防排水門の開門を命じた確定判決の無効化を求めた請求異議訴訟の差し戻し上告審で、最高裁第3小法廷(長峰安政裁判長)は1日付の決定で、確定判決を維持するよう求めた漁業者側の上告を棄却した。小法廷は「上告理由に当たらない」とだけ述べ、漁業者側を敗訴とした詳しい理由は示さなかった(⇒最高裁(裁判官)の能力では、合理的な判断ができないということのようだ)。開門命令を無効化した2審・福岡高裁判決(2022年3月)が確定した。開門か非開門かを巡って約20年続いた法廷闘争は事実上決着し、司法判断は合理的・妥当な理由なく、「開門求めず」で統一されたことになる。⇒最高裁は自らの判断能力を超える科学的・技術的問題に関しては、このように門前払いをすることがしばしば見られるが、今回も同様だ。最高裁は自らが判断できない場合は「門前払い」で逃げるしかないと思っているようだ。このような最高裁の対応能力が及ばない場合の判断には、「門前払い」ではなく、何らかの別の対応を考えておくべきだろう。今のままでは、国民は、最高裁判所に疑念をいだかざるを得ない。⇒なお、20年という長い裁判期間は一考を要するのではないか。正確を期すということもあろう。しかし、一世代30年とすれば、20年は一世代の2/3の長きを占める。これはあまりにも長すぎる。最高裁も裁判は正しくかつ適切な期間で終了することを検討する必要があるのではないか。この20年間で人生が翻弄され、思うような人生が送れなかった人も少なくないのではないか。最高裁には一考をお願いしたい。










