『体操男子団体 金 逆転 「止める」極め 奇跡の懸け橋』 毎日新聞7月30日付け夕刊一面トップはこう報じた。パリ・オリンピック第4日の29日、体操男子団体総合で橋本大輝(22)、萱和磨(27)、谷川航(28)=以上セントラルスポーツ、岡慎之助(20)、杉野正堯(25)=ともに徳洲会、の日本が金メダルを獲得、2大会ぶりの頂点に立った。ドンッという衝撃音が、アリーナに響いた。男子体操最終種目の日本得意の鉄棒、日本最後の演技者、橋本は勢いよく空中に飛び出すと、体を複雑にひねり、地上に誤差なく降り立った。わずかに片足が動いたものの、ほぼミスのない演技。金メダルを確信した会場が「ニッポン」コールに沸いた。体操ニッポンの演技は世界一美しいと評される。パリ五輪に挑んだ5人が求めたのは、伝統である美しい演技にさらに磨きをかけることだった。きっかけは、ほんの少しの着地の差で味わった悔しさにある。2021年、自国開催の東京五輪。日本は前半3種目を終えた時点で2位と想定通りの位置につけたが、後半種目で着地や姿勢に小さなミスが生まれた。優勝したロシア・オリンピック委員会(ROC)とは、わずか0.103点差の銀メダル。手足を伸ばしきれれば、着地で1歩動かなければーー。その差はメダルの色の違いとなって表れた。立ち返ったのは、体操の原点である「止める」技術だ。エース・橋本の言葉を借りれば、寸分の狂いもない完璧な着地は「体操選手の一種の共通理念」。04年アテネ五輪の富田洋之さん、16年リオデジャネイロ五輪の内村航平さん。
道を究める過程は地道な作業の連続。団体種目でありながら、一つ一つの局面を見れば、それぞれの選手がどこまで徹しきれるかが問われる。実施競技のほか、筋力や柔軟性などそれぞれの持ち味が異なる中でも、着地だけはチーム全員で取り組めると考えた。
代表合宿などでは日々の練習から一つの演技、一回の着地など細部にこだわり、互いに指摘しあった。五輪初出場のホープ岡は「パリでは最後の決めきる力が必要になる。全員で高め合えている」と話していた。 チームスローガンには「Make New History」を掲げた。東京大会に続いて五輪で主将を担う萱は「新しい歴史、新しいチームを作ろうと皆で話して決めた。皆が同じ方向を向いている」と語った。あたり前のことを繰り返し、積み重ねる。一人では根負けしそうな練習も、気概に満ちた5人だから耐えられる。絆と信頼感は日増しに強くなった。だからこそ、五輪本番の団体総合決勝でライバルの中国に点差を広げられても、「諦めるな」と何度も円陣を組んで声をかけ合った。気持ちを切らさず、着地の精度など細部にこだわった演技を貫いて土壇場での逆転劇につなげた。
大会前、団体総合の展望について話題に上がったことがあった。つり輪を得意とする中国に途中先行されても、最後は得意の鉄棒で日本が巻き返す。それを聞いた橋本は小さく笑い、威勢よく言った。「僕、データが苦手なんですよ。得点に執着しすぎると、自分たちが描いたものより、下の時に嫌じゃないですか。この5人なら、目標数値を全部超えてやるって思うくらいの気持ちで僕はやっているのです」
金メダルを予感させたエースのほほ笑み。究極の美を追った体操ニッポンの執念はデータや数字を超えて、芸術の都に奇跡の懸け橋を描いた。毎日新聞記事はそこで終わった。
⇒最後の鉄棒まで3点の大差を中国につけられていた日本チームであったが、逆転のためにも、鉄棒では落下や着地の乱れは許されなかった。そういう中で、得意でない鉄棒で中国チームは落下や着地ミスが続き、得点が増えず、一方、日本チームは後がない状態の中で、演技に大過なく、3人とも見事に着地した。日本チームの信じられないような逆転劇は、選抜された5人が固い結束のもとに、無心で、全力を尽くしたことにあるようで、国民に大きな感動を与えてくれた。